スィグルダでの「3B」コンサート
7月1日まで、渋谷の東京田中千代服飾専門学校spaceCTCで開かれていた、川村ちかこさんの創作バッグ展示会にて、北條陽子さんのCDがBGMで流れていたらしい。私は直接知らず、関係者から先ほど聞いて知った。もう最終日なので残念ながら事後報告になってしまった。
さて、ヨーロッパでは夏になるとコンサートやオペラ、演劇はシーズンオフで、夏休みを利用して旅行する日本人には不満なのであるが、その代わりリゾート地でのフェスティバルなどの行事は行われている。日本でも人気の世界的バイオリニスト、ギドン・クレーメルはラトビア出身であるが、彼がバルト三国の若手弦楽器奏者を集めて結成した「クレメラータ・バルティカ」が、1週間ほどかけてリーガの東方のリゾート地、スィグルダでJubilateという名のフェスティバルを開いており、土曜日の演奏会に行ってきた。スィグルダは6月21日、夏至祭を見に行ってきたばかりである(過去のブログ参照)。
クレーメル自身は世界を飛び回っているため、彼は不在で若手団員だけで公演することも多いようだが、今回はクレーメルも出演していた。会場はスィグルダの駅やバスターミナルから近い「白いグランドピアノ」という名の音楽施設で、変わった形の建物はグランドピアノをイメージしたのだろうか。私は初めて来たが、音楽学校なども併設されていてとても綺麗で、ホールは小ぢんまりとしている。私は1週間以上前に切符を予約したが、すでにほぼ満席で、当日は補助椅子をたくさん出していた。遠くからやってきて、満席ですと追い返すわけにも行かないし、リゾート地だからふらりとやってくる人もいて、みんな入れてしまったのだろう。日本では消防法などがうるさいのだろうが、こちらではおおらかである。私は右手後方の出入り口付近の席で、人の出入りが多くてどうにも落ち着かない場所だったが、何故か作曲家のマスカツ、プラキディス、「クレメラータ・バルティカ」団長なども周囲に陣取っていた。マスカツ氏などは最初折りたたみのパイプ椅子に座っていて、あとでちゃんとした木の椅子に変えてもらっていた。プラキディス氏は私の隣の隣に座っていた。
フェスティバルの一連のプログラムは「BBB」と総称し(これは通常の「バッハ、ベートーベン、ブラームス」ではなく、「ベートーベン、バルトーク、バルト三国」である!)演奏会ごとに替わるが、私が聴いた演奏会のプログラムは次の通りであった。ベートーベン「弦楽四重奏曲12番」より第2楽章(編曲:ビクトル・キシン、世界初演)、ペレーツィス「或る伝記の一節」(世界初演)、休憩ののちプラキディス「バイオリンと弦楽のためのJubilate」(世界初演)、アルボ・ペルト(エストニア)「パッサカリア」、そしてグスタフ・マーラー「交響曲第10番」よりアダージョ、であった。以前書いたが、プラキディスとペレーツィスは今年還暦を迎える。会場に聴きに来ていた今年50歳のマスカツの作品は、今回は演奏されなかった。
ベートーベンの後期弦楽四重奏曲の編曲は、クレーメルも座り、コンサート・マスターをつとめた。何と贅沢な、と思ったが、バイオリン・ソロがところどころうまい具合に入っており、クレーメルが弾くことを前提に編曲されたものだろう。私は、ベートーベンの弦楽四重奏曲、特に後期のそれは、クラシック音楽の最高傑作の一つだと思っているが、実際、指揮者でさえこれらに思い入れのある人は多く、フルトベングラーは全曲暗譜していたというし、バーンスタインは第14番を弦楽合奏のために自ら編曲していた。これは自ら指揮したかったからで、昔日本で衛星放送で聴いた(見た)ことがあるが、非常に違和感を感じたのに対し、このキシンという人が編曲した12番は、なかなか良い編曲であった。第一バイオリンだけでなく、各パートにソロのフレーズが割り当てられていたのが良かったのだと思う。
続くペレーツィスの、これまた謎めいた題名の作品については、半年ほど前、北條さんのCD制作のため、ペレーツィス氏が教鞭をとる音楽アカデミーに写真を撮りに行ったとき、ご本人からスケッチを見せてもらい(私はスコア・リーディングができないので、見ただけである)、話を聞いていたのでとても楽しみであった。全体としては現代の不安もところどころ醸し出している作風で、ちょっとこれは今までのペレーツィスらしくない。新境地開拓か?と思わせた。本人から話に聞いていたのは、何も知らないで聴いたらびっくりするだろうが、突然、ブラームスのバイオリン協奏曲の、ちょうどソロが始まるところの一節が、奏でられたことである。私は事前に知っていたのにもかかわらず、びっくりした。これは不思議な感覚で、現代音楽なら何の脈絡もなく突然、ということもあるだろうが、ペレーツィスの場合はそれが何らかの必然と連関をもって挿入されたと思えるのである。音楽理論の知識のない私には残念ながら、ペレーツィスがどのようなテクニックを駆使しているのか、分析できないが、謎は謎のまま取っておくのも一興、だろうか。
しかし、ペレーツィスのマジックはこれでは終わらない。やはり本当は唐突ではないのだろうが、あたかも唐突といった感じで、シベリウスのバイオリン協奏曲が始まったのである。これまた頭をガツーンとやられたような気がした。そしてその後、エルガーの協奏曲の一節もでてきたはずだ。さらに、一番唐突だったのが、ベートーベンのバイオリン協奏曲の3楽章であった。これは正直なところ、あっけにとられた。それだけではない。合奏が止み、再びソロがシベリウスを奏で始めると、団員の一人が舞台の後方へ移動し、シロフォンで後を追いかけるのである。そりゃあないよペレーツィス先生、という感じである(笑)。だんだん頭が混乱してきた。最後どのように締めくくったか、よく覚えていない。しかもとても長かった。時計は見ていないが、40分ぐらいあったかもしれない。楽章の切れ目はない。私は演奏会で寝るのが好きで、この曲も眠れる曲想なのだが、謎解きに煩悶し一睡もできなかった。拍手する聴衆も皆、狐につままれたような感じであった。
とはいえリゾート地での演奏会、休憩時間は会場が手狭ということもあり、みんな前庭に出て歓談した。私はマスカツ氏と、クレメラータのバイオリニストの中でも指折りの実力派(だと私が思っている)、サンディス・シュテインベルクスとおしゃべりをした。彼の名は覚えておいて損はない。彼はまだ25歳くらいだと思うが、ペレーツィスの協奏曲「それにもかかわらず」をラトビア国内初演するなど活躍している。何度も来日していて、今年も6月半ばに「クレメラータ」の一員として東京・名古屋等で公演したばかりであった。二人もやはりペレーツィスの作品について議論していた。「他に誰のバイオリン協奏曲があったっけ?」「エルガーですよ」「どの辺?」実は、私は事前に全て知っていたのに、一睡もしなかったのに、エルガーがどこに入っていたか、気がつかなかった!
ともかく気を取り直し(?)後半である。プラキディスの新作初演は、手堅くまとめられており、私は彼の作品のよき理解者では必ずしもなかったが、還暦ということで本人が吹っ切れたのかは分からないが、彼の代表作にあげてよいと思われる。聴衆の反応もよかった。終了後プラキディスが舞台に上がり、演奏者と握手をし、席に戻ったところ「あれ、短か過ぎますよ」と言われていた。
ペルトの「パッサカリア」はクレーメルの誕生日を記念して作曲されたもので、やはり世界初演。編成はバイオリン2本、ビブラフォンと弦楽である。ソロはクレーメルと、イブラギモワという女性が担当した。マーラー交響曲10番は、日本でもよく知られているので、特に解説の必要はないだろう。私はマーラーはどうも苦手なのだが、非常に練り上げられた演奏に感服した。この曲だけ何故か、バイオリンとビオラは椅子を片付けてしまい、立って演奏していた(そういえば、バシュメット率いるモスクワ・ソロイスツもそうだっけ)。終演時、聴衆が全員起立したが、何故かよくわからない。アンコールは知らない曲で、演奏者も何も言わなかったのでわからない。そのうち確認できればと思う。 アンコールの後にもみんな起立したが。これも何故だったのだろう。

7 Comments:
スィグルダ、クレーメルのキーワードでこのページにたどり着いたのですが、興味深い話が分かりやすく紹介されており楽しく読ませて頂きました。
今年もSiguldaで6月下旬に音楽祭が開かれるようですね。実は私の好きなRecorder奏者Michala Petriがこの音楽祭でクレメラータと共演することを知り、都合がつけば行ってみたいと思っております。(またこれに託けてなかなか行くきっかけのないバルト三国にも行ってみたいとも思っています。)
就きましては、厚かましい話で誠に恐縮ですが、もし演目やチケット入手方法などが分かるサイト若しくは問い合わせ先(英語可のところ)があればご教示頂けないでしょうか?
若しお手数の掛からない範囲でご教示頂けるようでしたら、何卒宜しくお願いいたします。
amtaro23様
初めまして。コメントをありがとうございます。
インターネットでチケットの入手までできてしまうところがあります。私も利用したことがありますので紹介しましょう。
http://www.bilesuparadize.lv/events/2008-06-28
一応英文がありますね。ただ、これだけではどの演奏会でミカラ・ペトリが出演するのかわかりませんが…もう少し調べてみます。
ペトリは数年前、リーガで聴いたことがあります。リコーダーをあんな風に演奏できるなんて、すごいですよね。
早速ご返事頂きましてありがとうございます。
ペトリの演奏はまさに神業だと思います。彼女の演奏を聴くまでは、リコーダーには正直あまり関心がなかったのですが、演奏を聴いて大変な衝撃を受けました。自分自身色々な楽器を演奏する経験があったのですが、小中学校でやらされたリコーダーで、こんなに素晴らしい演奏が可能なんて...と素直に感じた次第です。
実は、彼女の演奏を昨年生で聴く機会があり、しかも演奏会の後に食事に同席させて頂く幸運にあずかり、人柄も素晴らしい人であることに大変感銘を受けた次第です。(私のブログに関連記事を載せています)
http://blogs.yahoo.co.jp/amtaro23/22847201.html
もしミカラ・ペトリが参加することが分かればご連絡頂ければ幸甚です。ちなみに彼女がクレメラータとコンサートをすると知ったのは彼女のサイトからです。
http://www.michalapetri.com
ここのConcert ScheduleからJune 26にKremerata Baltikaと演奏すると書いてあったことを知りました。Estoniaと書いてありますが、Siguldaと書いてあったことから、EstoniaでなくLatviaの間違いだろうと思った次第です。
長くなって誠に恐縮ですが、もし彼女が本当に出演することが分かれば、万難を排しても行ってみたいなと思っておりますので、追加情報あればぜひご教示頂き度く何卒宜しくお願い致します。
暫く時間が経ってしまいましたが、チケット購入のサイトで演目及び出演者を確認することが出来ました。Petriは出演するようです。まだ空席があったので試しに購入してみました。ちゃんと日本に届くかどうか少々不安ですが、楽しみに待っていたいと思います。
amtaro23様
遅くなりまして申し訳ありません。
チケットの手配をされたようでなによりです。便利な時代になりましたね。私の経験では、ラトビアから日本へはまず問題ありません。逆は、最近ラトビア国内の郵便がちょっと混乱しているので、あまりあてになりません。私の場合、日本から送ってもらった荷物が届かなかったことが2回あります。
コメントのご返事ありがとうございます。実は申し込んでから1週間もしないうちに到着してびっくりしました。本当に便利な世の中です。
これでこの夏は(仕事の邪魔が入らなければ)晴れて初のラトビア旅行に出かけることになりそうです。
本当に色々教えて頂きありがとうございました。
Siguldaではネットで購入した演奏会を含め3つのコンサートに行きました。
クレメラータの若さ溢れるプロコフィエフの迫力ある演奏と、教会内に響き亘ったペトリのアルビノーニの美しさは、本当に素晴らしかったです。
それにしても、Siguldaは美しい自然に囲まれた素敵なところですね。また機会あればぜひ行きたいと思います。
いろいろと情報ありがとうございました。
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